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受験に受かりたい!合格祈願に意味はあるのか?

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毎年受験シーズンになると、神社には合格祈願のためにたくさんの人がおとずれます。

僕も例にもれず、高校受験のときは神社へ行ってお賽銭を投げ、絵馬にも「受験に合格できますように」という願い事を書きました。

でもよーく考えてみると合格祈願をしたからと言って、それに何の意味があるのか?という疑問が浮かびます。

普通、合格祈願は単なる文化的・宗教的な行いで科学的な意味はないというのが一般的な人の考えだと思いますが、実はそんなことはありません。

今回はその合格祈願の知られざる意味をちゃんとした「理屈」で説明していってみようと思います。

 

1.合格祈願とは何か

まずは合格祈願を定義するところから始めます。

合格祈願とは、合格できるように神様に願い事をすることです。

これは誰でも知っていることですが、ここからが重要になります。

願うとは、自分以外の誰かに対して自分の望むことが起こるように意識し促すこと、です。

合格祈願の場合は神様(自分以外の誰か)に対して合格(自分の望むこと)が起こるように自分の中で意識して、合格することを促しています。

これは何を願う場合も同じで、友達にお金を貸してほしいとお願いするのもそうだし、子供が運動会で活躍できるように願うのも、両親がいつまでも健康であるように願うのも、すべて上記の定義に当てはまります。

 

2.なぜ人は願うのか

じゃあ、なぜ僕らは願うのでしょう?

どれだけ強く願ったところで、願い事が叶うワケではないということは誰でも知っています。

恋人が欲しいと願っても、それだけで恋人ができるワケではないし、合格したいと願っても、それだけで合格できるワケではありません。

というより、願うという行為自体は「ただ意識しているだけ」ですから、何の意味もないように思えます。

にもかかわらず僕らが願い事をするのは、願いが叶う可能性を信じたいからです。

言い換えると、願いが叶わないかもしれないというリスク(悪い可能性)を見ない(意識しない)ようにするために願うということです。

リスクにばかり意識を向けることは、僕らの行動を鈍らせ、ときに停止させます。

恋人が欲しいと願う人は、恋人ができないなんて思いたくないし、そう思ってしまったら生きる気力を失ってしまうかもしれません。

合格を願う人は、落ちることなんて考えたくないし、そんなことを考えてしまったら勉強にも集中できなくなるでしょう。

そうならないために、つまり、リスクを気にせず目標に向かって突き進むために僕らは願うのです

3.合格祈願の意味

以上の話から合格祈願の意味を導くことができます。

一言で言うと、受験に落ちるリスクを気にしないようにするために僕らは合格祈願をする、ということです。

「どうか合格させてください」

こうやって神様に願い事をすることによって、僕らはリスクに対して意識が向き難くなります。

「落ちるかもしれない」という不安を願い事をすることによって払拭していると言ってもいいでしょう。

合格祈願をすると他にも「もっと頑張ろう」とか「神様がついてるから大丈夫」と思えて気合いが入ることもあるはずです。

僕らは本能的に、リスクを気にすることが一番のリスクである、ということを知っています。

だからこそ、僕らは考えるまでもなく自然に願ってしまうのです。

 

4.まとめ

合格祈願には、落ちるリスクではなく受かる可能性に意識を向ける、という意味があります。

受かる方向に意識が向けば、勉強にも集中しやすくなります。

その意味で合格祈願はやらないよりはやった方がいいのは間違いありませんし、少しでも落ちる不安があるなら誰でも合格祈願をしたくなるはずです。

それはまさに自然な衝動ですから、大人しく従いましょう。

合格祈願の意味を知らなくたって、神様はちゃんと助けてくれるのです。

こんな理屈っぽい記事を受験生が読んでくれているのかどうかはかなり怪しいですが(笑)、もしよかったら参考にしてみてください。

ありがとうございました。

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組織開発(チームビルディング)コンサルティング会社のIT・WEB担当。個人ではコーチングやWEBライティング、オウンドメディア構築のサポートを行っています。
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